測りたがりの痛がり屋

イラストと一緒に、特に特別でもないけど愛しい毎日を、ぼちぼちお酒呑みながら書いて行きます。

ふたつの人格

他人の憶測を憶測しては、自分を見失い貶し焦燥感を抱いたりといつまでたっても思春期のような柔らかく見苦しいものを持っているかと思えば、どこかで冷静になり始めた自分がいて、私は一人じゃない、ちょっとした二重の人格を持っているのではと思う。そんな感覚、皆もあるのではないか。

先日酷い食あたりで救急車で運ばれた!ときも、苦しいのは体で、冷静な脳みそがいたけどまあそれは違うか。まだ脳がゆらゆらとして定まらない。力が入らない。

気分転換に始めたBarのバイトは週1入るか入らないかで、年下の女の子達と仕事するんだけど、年関係なくしっかりした子はしっかりして、時になんだか自分が恥ずかしくなる。おじさんには人気あるんだけど、愛想だけはいいからだ。それは一応は荒波にもまれ、彼女達よりは人間と触れ合ってきたからだと思うけど、年を重ねるたびに、人間の出来具合がいかに年齢と関係ないかを思い知らされるようだ。バカは大人でもバカだし、ちゃんとした子は若い時からちゃんとしてて、年齢で人を決められないんだよな。

都会にいると、道を歩くだけで私のような童顔は、目つきをきゅっとさせて冷たい顔をしないと変なやつに話しかけられる。そのような感覚で私はしばらく人生を歩いている気がする。荒んでいるのではなくそれは処世術のはずだったけど、私はもっと優しい目をしていたはずだ。

いろんなものが削がれていってしまったら、果たして私はなんなんだろう。

しごとをなめるな甘くないぞ

謝ればいい、というものではないし、あああ、私も人を怒る立場にもなりつつあるなと三十路近い年齢としてなんだか苦いものの一端を齧ったような気になる。堅苦しい大人にはなりたくないけど、仕事を舐めてるやつは昔から大嫌いで、自分とおんなじ基準だとは限らないのが他人にしても、仕事となったらある程度はみんなが同じ価値観を持っていることが大事じゃないか。私のような一人で仕事しているものにとっては、信頼ほど大事なものはない、だからすごく気を使っているというのもあるけど。

自分の言ったことに責任もったり、連絡を1日の中で返したり、進捗をしっかり共有したり、当たり前のことができない人にはどうしてもイライラしてしまう。それができないのはただただ、ただただの甘えだから。

謝るって不思議だ。

どうしても防ぎようのないドジや、なぜか起こってしまったミラクルを謝るのはいいけど、自分の甘えや怠惰で事が起こってしまった場合、「申し訳ありませんでした」の一言が帳消しにできる魔法ワードと思っていないだろうか。

 

はい、やめた、ワイン飲も。。体調悪くてもお酒が薬だからな。

ぬるい気持ち悪い風

なんか…創作に対して消極的な気分がずっと続いている。イラスト仕事に関しては軌道に乗っていてその分かなり忙しくて、そうなってくると、なんだか世の中に対して創作物を発表する必要性がわからない。本当は目立ちたくない。目立つことを目標としていない。私が創作する意味ってなんだったんだっけ。いろんな人に見てもらうのは素直に嬉しいけど、だけど創作はオナニーみたいなものだ、そう思う気持ちが強くなりすぎて、もうただただ恥ずかしいんだ。自分の気持ちいいものを、厚顔で発表する元気がない。バカらしくなってしまったんだ。

私は変化が嫌いだった。でも今はこの気持ちが変化してほしい。気持ちが悪いぬるい風がずっと吹いている。

あ〜〜

イラストと一対一で向かい合うようになってから、否が応でも自分の力不足を感じ、イラストレーターとして名乗っていいのかわからなくなっている。私は美術学校も出ていないし、そんなこと気にしていないと思っていたけど、やっぱ気にしていたわ。自分を騙して生きていたのかもしれない。いろんな人のイラストを見て、THEイラストレーターと自分を比べて、表現力のなさに気づく、それがアイデンティティですとか、もうそんな若いこと言えない。明らかに彼らと私は違う。今仕事のひとつに永遠と写真の模写のようなものをやっていて、そうやってあるものを描くのは得意だが、その他の仕イラストはいまいち表現力に欠け、魅せ方がへただ。漫画寄りで、漫画も中途半端なのだよな。まあでもどっちも頑張れば得れるはずだし、悩んで成長するしな、まだまだ過程だって思うは思う。でも恥ずかしい、ずっと恥ずかしい。まだまだ世の中には出れない。特に目立ちたくもない、でも愛されたい。ただただ愛されたい。芸術はわからんから、私らしくいこうと思って描いてきたけど、ちゃんと一般的なイラストレーターと人間的な悩みをごっそり抱えてしまった。年齢だって、28か。まだまだ若いと言いながらも、もうそんな年って驚いたり。泥臭い。

 

頑張ってはいるし、頑張れるけど、ようやく一人でおしごとも慣れたけれど。誰かもっと褒めてくれないかな。でも自分で自分を褒めるなら、ちゃんと独特のセンスや愛はあるんだよな。自分でいうしかないよな、誰かこんこんと、夜、酒でも飲みながら私を褒めてはくれないだろうか。安い奴なので、そんなことあったらあてをなんでも作ってあげるよ、ははは、はーまた酔っ払ってこんなこと書いてしまった。

明るい時間

とってもとってもとーっても頑張ったのでテンションが上がっている。またこんな夜中から飲み始めてもいる。一生痩せないよ、、、

私の満足のいく頑張りは、雑念にやられずやるべきことを滞りなくやることだ。それだけ普段雑念にやられているとも言えるけど、確実にいつかよりは集中力が上がり、満足のいく1日も現れ始めた。と同時に生きるためのイラスト仕事以外の、自分の表現はご無沙汰感がすごい。倦怠期のカップルって表現がぴったり。愛してるけど、忙しいし、なんか後回しにしちゃうのだ。でもやりたくてたまらん、本当は。ツンデレのように見つめ、失恋のように心閉ざし、ボコボコと変容する思いに気後れし恐れおののいている

 

いろんなことが起こっていろんな人と会っているのに、自分のこと以外は全然うまく話せない、昔からそう。でも実となり言葉となり、全てが私の中で生きていると嘘偽り良いコ被りなしに思うし、ずっとこうやってフワフワと汚く生きてやるし、そんな自分嫌いではない。正直に、自分を生きてやろうと思うのだ。どんなこと言う奴も、そんなこと言って自分を生きるしかないのだ。なんだか楽しくない?嘘に溢れる世界とされているかもしれないが、それさえも正直な世の中なのではない?汚いは美しくない?もっと生きたいよ。

 

 

 

30分酔論

さっきからの30分で高速酔いしてるのであまり書かないほうがいいだろうと思いつつも、酒の力を借りて私はこうして意味もないことを自己満足で書く。

私は生まれてからずっとしんどいという愚痴と、愛情や恋愛における屈折と、仕事に関する生々しい苦味と、だけども楽しい人生と、美味しいご飯の威力と、みんな違ってみんないいの喜びと、とりあえず人のこと言う奴はもっと自分のこと心配しろやの気持ちと、でもそんなの言うべきでないって諦めと、自分の操作しにくい不出来な情緒と、その中でもしっかり抗って道を作る穴の空いた長靴を履いたわたしと、安く手に入れた赤ワインはすっと胃に溶け込み、もはやおつまみなんかはダイエットも考えて要らなくて、連絡の取れなくなったやさしすぎる元彼と、なんだか方向性がわからない今彼と、、これから会う人会ってる人、どうしたって永遠がないことの悲しみを数えながら、私はもうなにもかもを無視して、打ち合わせや案を練ることや何件も何件も生きるためのイラストしごとを同時進行でこなすまでもなった、それでもいつだって自分に不満を持ち、私はダメだと気づけば考えている。全てがうまくいかなければいけないのかと思うけど、思考回路ショート寸前、そんなん言ってるとこうして途中から楽しくなってくる、一事が万事この調子だ、薬を飲んで死にたいとも思う、みじめになりたくないと思う、だけども生きたいと思う、失ってから初めてわかるもの、とかきっと後から言うんだぜって状態が続き、続き、続き、どうなるんだ?どうすれば、いいんだ?なんだんだ、なんも正解なんてない、不正解と思うのはいつも自分のこころだ

土日もないことにグズグズ拗ねていて、でも暇だったらもっとグズグズしているだろうと自分をなだめるんだけど、それでもしんどいことには変わりがなくて、なんて生きることは億劫なんだろうと思う。思いの丈を書かないと前に進めないと思いこうして書き拗ねているんだけど。家が仕事場って思った以上に居場所がなくなる。お金を貯めてiPadが欲しい。外で仕事がしたい。こんな晴れて空気の澄んだ日に、外に出れないのは悲しい。でもやらないとのちの自分が苦しむ、それなら今やっておきたい。好きなものは後に残すタイプだ。ハマチやサーモンは後だ。なんのこっちゃ。最初に良い思いをするより、あとの解放感だったりを楽しみに今を苦しむ。手を動かす手を動かす、呪文のように自分に言い聞かす。継続してやってることは絵を描くと酒呑むだ、なんだ立派じゃないか