測りたがりの痛がり屋

まいにちの記録

丑三つ時の弱音と強音

とうとう、と言えばいいのだろうか。ギブアップかなあと思った。精神的にも体力的にもだ。また熱を出してへんてこな咳を出して、フラフラしながら、ポリポリと腕の蕁麻疹を掻きながら、明日の仕事を控えて全然眠れない夜に思った。

「もっとやってみたい、この先が見たい」という気持ちと、「まだ帰れないのか。仕事一色か。私の人生これでいいのか」という気持ちが常に綱引き状態だった。

 

デザイナーを2年近くやってみたのだが、たくさんの大きなイラストの仕事ができたし、デザインも採用されるようにもなったし、やりがいは大きく、面白かった。先輩もすごい人たちばかりで、自分の成長する骨の音が聞こえるほどに成長させて貰ったと思う。まあデザイナーとしてはまだまだ半人前だ。

ただここ2年間、とにかく自分の時間がない、余裕がないという日々が、私に与えるストレスは、今までの中でもとんでもなく大きいものだったようだ。仕事を面白がってたのも決して嘘じゃないけど。自分の「どこか」が悲鳴をあげる、その悲鳴を無視する、次第にボロボロとヒビが入り地底深くに悲鳴もろともその「どこか」が崩れ落ちていく。その過程を見過ぎてもう、だめだ。「どこか」は私の大事な一部なのに。今はとにかく自分の時間が欲しい。「どこか」を救い上げる時間。

 

弱いと言われればそれまでだけど。でも、得たものは是が非でも、次に活かすよ。弱いようで強いんだわたしは。

気が強いんだか弱いんだか、私はいつだってこうだったもん。寝れない夜だけど、ちゃんと明日、話そう。