測りたがりの痛がり屋

イラストと一緒に、特に特別でもないけど愛しい毎日を、ぼちぼちお酒呑みながら書いて行きます。

ふわふわブス論

お台場で飲んでからの帰宅電車の中で、女性が2人大きな声で会話していた。電車内は込み合い賑やかで、私はけっこう飲んでいたので若干ぼーっとしながら聞いていた。ひとりの女性が「私は性格ブスだから」と会話の中で前置きに必ず言っていて、ちょっと耳に残り、何度か心の中で反芻した。性格ブスかあ。

じゃあ性格美人ってなんだろう。ブスの定義はなんだろう。とりあえずブスっと刺さる言葉ではある。整っていないってことなんだろうけど、ゆがんでるってそんなにダメなことなのかなあ。外見の良し悪しはなんとなくわかるが、それも一概に決めつけられないし、持っているものがたとえ今の時代では美しいとされていても良くないとされていても、それが輝くか輝かないかはその人の生き方次第のようだ。ましてそこに絡んでくる性格は目に見えないものだからな。一部分だけを見て、それでまるごと美しいねえまるごとブスだねえなんて言うのも違うだろし、環境境遇時期、好みや相性、とにかくいろんな要素が関係しているから、断定できずふわふわしたもんだ。まあ世界なんて本当ふわふわ好い加減なものだというのは段々わかってきてはいるけど、お姉さん、そんな自分で決めつけないでと、私は携帯を見ながら電車に揺られながら思っていた。なんなら「性格ブス」でググった。そして相対性理論の「さわやか会社員」をイヤホンで聴きだした。どれだけ影響力ある女性なんだ。(笑)性格は、ブスなところも美人なところもあるのが人間なんだと・・・思うんですけど正直私もよくわからない。ただ、たとえ性格ブスと言われようとそんな不確な言葉に惑わされずひょんって正直に生きれるくらいにはなりたいなあ。

年を重ねると楽しい、というのが最近の思いで、これは付き合いのある様々な友達とも必ず共感できることだ。大人になるにつれ、いろいろな経験や知識が増えて視界が広くなるのは当然だし、そうすると許せなかったものも許せてきて、×か⚪︎だけだった世界に△や□、その他の不思議な形が登場してくる。すぐに答えを出さないで、それらを離れたところから眺めていろいろな方向から形を確かめることもできるし、よく触って味わうことも、そこらへんに静かに置いておくことも、大事に温め変形させることもできる。選択肢が増えるからこその難しさはあるけど、目に見えるものより見えないものにどんどん魅力を感じていくし、誰から言われるのではなく自分でそれらを選べるのが楽しい。

外見も性格も、一般的にいう美人には生まれられなかったけど、自分のことは好きだ。いや好きだと思えるよう行動していけますように。

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